7月 「ピート・シーガー(Pete Seager)について」
連日,酷暑が続いていますね。
今回の教員による投稿「Teachers’ Voice」のご担当は竹内先生です。
”推し”の音楽が感じさせてくれる思いについて書いていただきました。
この春に映画館で『名もなき者(原題:A Complete Unknown)』というボブ・ディラン(Bob Dylan)の半生を描いた作品を鑑賞しました。
この作品では初手から『ウィモウェ(Wimoweh)』(『ライオンは寝ている』というタイトルで有名)という歌がホールに響き渡るシーンが描かれるのですが、聴衆を先導して歌うのが ピート・シーガー(Pete Seager) です。
私は当然、ピート・シーガーやウディ・ガスリー(Woody Guthrie)世代の人間ではありません。
どちらかといえば学生時代はP-model(平沢進)や友部正人を聴いていました。
それでも、それら前世代のアーティストにどうしても親近感を懐いてしまいます。
おそらく学生時代にこれら楽曲に特有のイメージを抱きつつ、聴き、そして歌う機会を持ったからだと思います。
なかでも”We Shall Overcome”という曲には思い入れがあります。8月の広島で、恒例の街中を「行進」しながら歌ったこともありました。
以前、近隣の学校から(おそらくは)礼拝時間に”We Shall Overcome”の歌声が聴こえてきたことがあり、「あれ、この曲はピート・シーガーもよく歌っているけれど、そういえば讃美歌だったのだな」と改めて書棚の讃美歌のページを開いて確認したことがありました(「讃美歌21」471番)。
正確には、黒人の牧師でゴスペル音楽作曲家でもあったチャールズ・ティンドリー(Charles Albert Tindley 1851-1933)が1901年に発表した「アイル・オーバーカム・サムデー」("I'll Overcome Someday")がそれに該当するのだそうです。
80年代半ばに、『人間発達の生態学(The Ecology of Human Development)』で著名なユーリー・ブロンフェンブレンナー(Urie Bronfenbrenner)先生が来日され、神戸に滞在されていた際、大学院生だった私が「ピート・シーガーを最近でもよく聞いています」と、この曲を歓談の席で話題にしたことがありました。
先生が「私たちも大学によく呼んで歌ってもらったよ」とおっしゃって驚いたことがありました。
そういえば、先生も関与された「セサミ・ストリート(SESAME STREET)」にもピート・シーガーが5弦バンジョーを持って出演されていましたね。
戦後80年といわれますが、閉塞的状況のなかで、国や文化を超えて「共に平和を歌う」ことの大切さを改めて感じます。
以上、とりとめもなく。
(竹内 伸宜)