10月 「実は好きだったこと」
聖和大学での4年間を通して夢中になっていたことはピアノです。音楽の教員なのだからそりゃそうでしょう?と思われるでしょうが、私は小学校を卒業してから高校3年生になるまでピアノを習っていませんでした。練習するのが嫌いで、楽しさを感じられずにやめてしまったピアノのレッスンに再び通い始めたのは、幼稚園の先生になるためでした。レッスンをお休みしていた5年間も、時々自分で好きな曲を弾いていましたが、将来の夢(幼稚園の先生)のために基礎から学び直そうと思ったのです。この時点では、楽譜でのリズムの読み方がよくわからず、「半分耳コピー」で補っていました。
再開後のレッスンは、先生のアドバイスを理解することができる年齢になっていたこともあり、とても楽しくて、弾きたいと思う曲もどんどん増えていきました。音色の違いや、表現することの面白さに気付けたことで、ピアノにはまってしまった学生生活でした。
写真は、4回生の8月末、同級生にオーケストラパートを伴奏してもらって、モーツァルトのピアノ協奏曲「戴冠式」を演奏しているものです。ゼミの卒業論文の課題には手を付けず、毎日猛練習をした懐かしい思い出です。
念願の幼稚園の先生になってからは、日々忙しく、幼稚園で弾く曲以外のものを練習する時間がとれなくなってしまい、次第に「ピアノをもっと弾きたい」、「音楽について学びたい」と思うようになりました。そして、音楽大学を受験する決断をし、幼稚園を退職しました。
幸運にも音楽大学(ピアノ専攻)で、さらに4年間学ぶことを許され、その後は導かれるままに様々な経験を経て現在に至っています。
今から考えると、ピアノのレッスンを中断したことにも意味があり、何かを好きになることには時期があるのだと理解できます。私にはもう一つ、好きだと気付くまでに四半世紀ほどかかったもの(自動車の運転)があります。苦手だ、嫌いだと思っていたことが、気付いていないだけで、実は好きだったということが皆さんにもあるかもしれません。好きなことに気付けた時、人生がより楽しく、豊かになります。
(白倉 朋子)